高校2年の秋季大会で、地区予選敗退。
春の甲子園も、絶望的な状況になった。
その直後、監督が辞め、コーチも辞めた。
気づけば、指導者が誰もいない野球部になった。
シーズンオフの練習は、選手だけで回すことになった。
当然、チームの空気は良くなかった。
練習に身が入らない人、サボる人、そもそもグラウンドに来なくなる人もいた。
「この冬、何をやっても意味ないんじゃないか」
そんな空気が確かにあった。
指導者不在の中で来てくれた一人の存在
そんなときだった。
引退した先輩の “お兄さん” が、
県外からわざわざ飛んできてくれて、コーチを引き受けてくれた。
チームとして劇的に変わったというわけではない。
でも、自分にとっては決定的な出会いだった。
「この人の言葉、全部ハマる」
そのコーチのアドバイスは、不思議なくらい自分にハマった。
外野手としてというより、
バッターとしての考え方が一気に整理された。
特に印象に残っているのが、
「払い打ち」という打ち方だった。
よく聞くツイスト打法に似ているが、
体を無理にひねる意識ではなく
体の正面でボールを捉え、とにかく長くボールを見る。
この考え方のおかげで、
・左バッターだった自分が、左投手のカーブを逆方向に打てるようになった
・これまで手を出していた低めの変化球を見逃せるようになった。
明らかに見える世界が変わった。
実はコーチだけじゃなかった
もう一つ、大事なことがある。
この冬、
自分の中で「これはやろう」
と決めていたのがウエイトトレーニングだった。
これはコーチの指示ではない。
自分で「体を大きくして、パワーをつけたい」と考えた。
本を読んだり、
周りの “これは正しそうだ”
と思えるアドバイスを聞いたりしながら
ちゃんと意味を考えて取り組んだ。
今振り返ると、
コーチの打撃指導と自分で考えた取り組みが同じ方向を向いていたんだと思う。
春のオープン戦の一打
シーズンインして、春のオープン戦。
私は、
もともとホームランを打つタイプではなかった。
でも、開幕戦でーー
いきなりホームランを打つことができた。
その瞬間、はっきり思った。
「この冬にやってきたことは間違ってなかった」
「コーチのアドバイスのおかげだ」
監督がいない中でも、
手探りでやってきた練習は、
ちゃんと自分の力になっていた。
今振り返って思うこと
この成長は、
魔法の練習方法があったからじゃない。
・考え方が噛み合ったこと
・自分で考えて取り組めたこと
・信じられる大人に出会えたこと
その全部が重なった結果だった。
だから今、
「指導者がいない=終わり」
だとは思っていない。
考え方次第で、人は一気に伸びる瞬間がある。
あの冬の経験は、
今の “夢ake Baseball” の原点になっている。
この冬の成長があったからこそ、
その後の挫折や後悔も、
ただの失敗では終わらなかったと今は思っています。
▶実績があっても、納得できなかった野球人生の話




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